“それはセンスの問題だ”(ⅲ)

”〇〇はセンスの問題だ”という文言には、センスということばによって瞬時に結論付けられ、あたかも聞くものを切り捨てるような独特な作用がある。このような働きをするセンスとは一体何なのか。前回とりあえず、国語辞典を引き、センスの第一の意味が、”微妙な感じ(味わい)を知る(感じ取る)心の働き”と集約されることを確認した。(以下、”第一の意味”の”第一の”を略し”意味”と記す)。そうしたセンスの意味と聞くものをたじろがせてしまう独特の作用の関係は自明ではないけれど、まず、センスの意味が何処から来るのか、気になるところだ。センスの原語senseに由来を尋ねるのは自然なことだろう。とはいえ、カタカナ外来語にはそのシンプルなイメージとは裏腹に、一般に複雑な背景が潜んでいる。どうやら、”センス”という外来語はその典型らしく、後で分かることだが、原語senseの語意とセンスの意味の対応は複雑を超えている。以下では、センスの原語senseに焦点を当て、センスとsenseの意味の間の錯綜した関係を眺め、その上でセンスと感性の繋がりも検討したい。

まず、センスの原語”sense”の語意を、英和辞書(大修館ジーニアス英和大辞典)で調べてみる。以下、取りあえず、名詞の上位の意味から順に記す;             ①感覚、                                 ②a;(・・・に対する)認識力、判断力、センス、・・・感、b;(・・・に対する)自覚、観念、 ③(・・・する)良識、思慮分別、道理にかなったこと、常識、            ④(・・・という)感じ、気持、感触、                        ⑤正気、意識、本性、本心、                          ⑥意味、意図、趣旨、                            ⑦価値、意義、効果、                            ⑧以下、省略。

これから直ちに分かるのは、日本語のセンスとは対照的に、原語senseには、数多くの語意が含まれていることだろう。当然、センスと原語senseの意味に1:1の対応はない。さらに、意外なのは、senseの語意には日本語のセンスということばの特徴である「物事の”微妙な”感じ」の”微妙な”に相当することばが見当たらないことだ。ここには、原語senseの語意の中にセンスの意味が明示的には含まれていない、という奇妙な状況が見られる。(ただし、②で、認識力、判断力の後に”センス”とあるが、このセンスとは何のことなのだろう。原語senseに由来するセンスを、原語の語意として充てるのは辞書として不適格である。) こうした奇妙な事態は、一体何を示しているのだろう。私たちはセンスの意味を探ぐる作業を始めたのだが、想定外のことに出会ったらしい。端的に云うと、言語世界の脆い断層に当たったのである。つまり、外来語(翻訳語を含め)を使用するとき、上述した原語と外来語としての日本語の間にある語意のズレ(違い)が、常に存在しているということなのだ。例として、もし、センス(日本語)をsense(原語)に機械的に置き換えるとすれば、意味のない(ナンセンスな)言葉が生れてしまう訳だ。簡単に答えを出せる話ではないけれど、そこには理科系の人も避けて通れない我が国の情報化の基本的課題の一つがあると思うのである。

Sakura(2)

図3-1.日本人の感性

日本語のセンスの意味に含まれる”物事の微妙な感じ”は日本語特有のニュアンスのようにも思われるが、それに対応したことばが英語にあるだろうか、とりあえず再び辞書を引いてみよう。答えとしては、ひとまず、senseとは別なsensibilityということばが近いと云えそうである。つまり、sensibilityの意味 には、                    1.(芸術・倫理などに対する)識別能力、感性。                 2.(・・・に対する)敏感さ。                          3.(傷つきやすい)感情、細やかな神経。                    などが挙げられているからだ。ちなみに、sensibilityの語源が後期ラテン語のsensibilitasであることも記されている。ここまでくれば、語形から、sensibility=sense+abilityと分け、sensibilityがsense(=センス)とは別の語であることははっきりしてくる。云い換えると、日本語のセンスの原語はsenseであるけれど、センスの意味に近い語はsenseではなくsensibility なのである。 上のsensibilityの語意には”感性”が含まれている。感性ということを一言で説明せよと云われた時、筆者は”感性とはセンスのこと”、と云うことにしてるが、正確には、”感性とはsensibility”、と云い直さなければならないことになる。

センスにまつわるここまでの話では細かい議論に手間取ってしまったが、ようやく、センスの意味と原語を結びつける道として、センスの意味”物事の微妙な感じ(よさ)を知るこころの働き”に対応する原語はsenseではなく、sensibilityが対応している、という本筋が現れて来たようだ。

しかし、センスの第二の意味に目を向けた場合、sensibilityではセンスの(第二の)意味のバラつきを説明できそうにない、さらに、上で棚上げしたセンスの第一の意味と聞くものをたじろがせるような作用との関係など、センスについては未だ多くの議論が残されている。こうした事を捉えるには、英語などの個別言語が扱う範囲をこえ、歴史的にセンスという語が作られた思想の領域に立ち入らなければならないようだ。

次回これらをまとめて取り上げてみたい。

長島 知正  (2016-11-13)