デカルト的近代からの旅立ち

新年のはじまりの挨拶に、九十を超えてなおハツラツとしたエッセイを著す作家佐藤愛子なら、”新年、何がめでたい”と云うかも知れないが、林先生による”いま、なぜ哲学なのか”というサイトへの昨年末の檄文を読んで、このサイトが今年目指すものはということで筆者の頭に浮かんだのが、どこか”時代がかった”表記のタイトルだった。そのような印象は、本文を読んだ後で、必ずしも筆者のセンスが古臭いということだけによるものではないと感じて頂けるよう願っている。

ところで、このサイトでは”理科系のための哲学・芸術・美・感性”という名が示すように、哲学・芸術・美・感性に関する話題をとりあげ、気軽な話題や読み物として提供することが主な活動になるが、それ自体特別変わったものではない。しかし、サイト名には”理科系のための”というただし書きが付いていて、このただし書きに関わるところにサイトの特徴はあることになる。つまり、ただし書きは、いわゆる理科系の人たちの間では哲学や芸術などに関した会話は実質的になされていないだろうということやそうした状態で良いのかという問いを含意している。更に云えば、それで良いかという問いには、それに代わるような世界はどのようなものなのかといった問題まで含まれるだろう。以下では、こういった事柄に対する筆者の個人的考えというよりイメージを述てみたい。

正月フリーイラスト(イラストや)

新年おめでとうございます!

西欧の近代はデカルトと共にはじまるという定説があるが、それに従えば、私たちの社会は、産業革命から始まり現代に至るまでデカルトから大変大きな影響を受けたことになる。とは云え、哲学の内部ではデカルト以降も様々な変革を経験し、20世紀には現象学や心の哲学と呼ばれる哲学が現れ今日に至っている。一方、主に理科系の人達が関わる科学・技術の分野では、デカルトが拓いた合理主義思想に対する一貫した信奉は揺らぐことなく現在まで続き、幾多の変化を受けた哲学とは対照的である。このような基本的考え方のかい離は半世紀ほど前、C.P. スノーが”二つの文化”と呼んだ問題の底にあると云っても間違いではないだろう。この機会に、理科系では普段あまり使われることのない文化ということばに関わるスノーの議論に少し目を向けてみよう。

スノーは、物理学者で小説家という自らの経験を基にした著書(*)で、当時の英国における自然科学分野の世界的な学者達と作家や歴史家などいわゆる著名な文化人達は、会う機会があれば慇懃な挨拶を交わしているけれど、実際には理解不能な別々の言語を使って、互いに理解しようとせず軽蔑すらしているとし、その上で、そのような自然科学と人文学二つのグループのかい離は母国英国の衰退を加速させる原因になると指摘したのである。スノーの指摘は世界的な反響を呼んだと云われているが、我が国はどうだった(あるいは、どうなる)のだろう。我が国では二つの文化というより、最近では理科系・文科系の壁と云った方が通りやすそうであるが、どちらにしても、それらの言葉が一時的にマスコミで話題になることはあっても、社会の何かが変わるような議論には成りにくいことは確かなようだ。

スノーが指摘した二つの文化の考え方のクイチガイの問題が今後どうなるか分からないが、少なくともしばらくはその影響は続いていくことだろう。一方、近年劇的に進む情報技術、とりわけインターネットの浸透によって社会は急速に内部から変質していくのではないだろうか。デカルトが方法序説を著し、理性をもった人間による世界の展望を示したのは1637年である。彼の精神はその後近代をけん引し、20世紀には大量生産技術の進展と共に世界は驚くべき変貌を遂げたことは周知のとおりである。

だが問題は、そうした20世紀に発達した工業の延長線にある科学技術が21世紀の社会もけん引していくかだろう。今日すでに若者は欲しいものがないと云い、ものを所有するという人間の経済活動の根底を支える欲求は変容の兆しを示し、実際、”分かち合い経済(Sharing Economy)”が徐々に広まりを見せているのである。私たちは今、何か経験したことのない変化に立ち会っているように感じるのは筆者一人ではない気がする。エネルギー問題や狭い意味の環境問題のことを云っているのではない。今日、デカルトの近代は400年の時を経て、世界に張り巡らされたインターネットが支えるSNS技術によって、社会は日ごと内在的な繋がりを増やし続けている。そうした様々な感性ネットワークの発展の先に、質的に新らしい世界が拓かれることを期待したいのである。

次回のコラムから、このサイトが目指す方向のイメージを形作る話題を幅広く気軽な記事として取り上げることを予定している。なお、上で下線を付した、デカルトの拓いた合理主義思想という文言には具体的説明を省いたから、なぜ合理主義がダメなのか、合点がいかないという人がいるに違いない。そう思う人は是非サイトのコラムや読み物に注目し、ご覧いただくことを望んでいる。

(*)C.P. スノー、二つの文化と科学革命、松井巻之助訳、みすず書房、1960.

長島 知正     (2017-01-15)